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大阪高等裁判所 昭和58年(う)505号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ懲役四月に処する。

被告人萬代博三に対しこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人中道武美及び被告人萬代博三作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官作成の答弁書記載のとおりであるからこれらを引用する。

各控訴趣意中事実誤認ひいては法令の適用の誤を主張する点について

弁護人の論旨は、原判決は、長瀬が被告人両名に対して兇器(鉄棒)で殴りかかった先制攻撃を急迫不正の侵害である旨判示しながら、これに引続く長瀬と被告人両名との格斗に際して執った被告人らの本件所為は、長瀬による侵害の危険がすでに去ったにもかかわらず、過大な反撃を加えて、ことさら意図的に過剰な結果を生じさせ、あるいは事後の仕返しとして、もっぱら報復のためになされたものであるから、正当防衛に当らないことは勿論過剰防衛にも当らないと判示した。しかし、被告人両名と長瀬との格斗においては、長瀬の引続く攻撃のため、被告人両名は防衛行為に終始したものであり、殊に被告人萬代においては、長瀬に頭を鉄棒で殴られた後、防衛のため長瀬を道路中央付近に投げ倒したところ、同人が立上り、さらに鉄棒で殴りかかってきた際、幸いにも鉄棒を奪うことが出来たとはいうものの、同人は被告人萬代から鉄棒を奪い返そうとして、同被告人の胸下に頭を向けて突込んできたため、同被告人は、鉄棒を奪い返されては、自分も被告人中尾も殺されてしまうと考え、引続き防衛のため、奪い取った鉄棒を振り回して長瀬の突進を防ぎ、その結果、同人の頭部等を数回叩いて傷害を負わせ、路上に倒れさせることとなったが、同人は一旦死んだ振りをした上、なおも被告人萬代に攻撃を加えるべく起き上りかけたので、同被告人は、これまた、引続く防衛行為として、同人の腰部付近を一回殴りつけたものであって、本件傷害は右一連の殴打によって生じたものであり、かつ、被告人萬代が鉄棒を奪い取って、これにより仮に優勢に転じたとしても、急迫不正の侵害が去ったとはいいがたいのである。従って、原判決には、被告人萬代が鉄棒を奪って長瀬を殴打した経緯など正当防衛を構成する前記事実の存在を看過した事実の誤認があり、ひいては、被告人両名に対し、正当防衛、過剰防衛の成立を認めなかったのは法令の解釈、適用を誤ったものである、なお、原判決は長瀬が肩胛骨々折の傷害を負うたと認定し、加療日数を約六週間と認定した点においても事実の誤認がある、というのであり、被告人萬代の論旨は、長瀬は、被告人両名の背後から、兇器(鉄棒)で現実に襲いかかり、単に脅しただけではないから、被告人両名の本件所為は正当防衛に当るから、原判決はこの点で事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤ったものである、というのである。

所論にかんがみ検討すると、原判決は「罪となるべき事実」の項において、「被告人中尾春男及び同萬代博三は、昭和五六年三月二九日午前一時一七分ころ大阪市阿倍野区旭町三丁目一五番二四号先路上を歩行中、長瀬俊幸(当時三〇年)運転の普通乗用自動車の走行を被告人中尾によって妨害されたとして立腹した長瀬に同車内から持ち出した長さ約六〇センチメートル、直径約二センチメートルの鉄棒で殴打されたことに激高し、共謀の上、そのころ、同所において、同人に対し、こもごも同人の頭部、顔面、肩部、胸部等を同人から取り上げた右鉄棒で殴打し、足蹴にするなどの暴行を加え、よって、同人に対し、加療約六週間を要する頭部外傷第二型、全身打撲、頭部顔面多発汚染挫創、左第三指挫創、左第二指基節骨、左第三指中節骨、末節骨開放性骨折、右肩こう骨骨折、右手背打撲傷、左第八・第九肋骨骨折等の傷害を負わせた」旨判示し、「弁護人の主張に対する判断」の項において、「長瀬が被告人両名に対し鉄棒で殴りかかった行為は、被告人両名にとってまさに急迫不正の侵害というべく、被告人両名がこれに立ち向って反撃、争闘を開始することは当然正当防衛として許容されるものというべきである」と判示しながら、「(長瀬が)被告人萬代によって右のように道路中央あたりの路上に投げ倒され、被告人両名から足蹴りを加えられた段階で、長瀬は既に鉄棒を失い、頭をかかえ、勘忍やと言って許しを乞い、攻撃の気力も体力も喪失している状態であり、この時点で長瀬の急迫不正な侵害は終熄したというべきである。しかるに、被告人側はここで優勢に転ずるや、足蹴りを加えるだけでなく、更に奪い取った鉄棒で無抵抗な長瀬の頭部、顔面、背部、腰部などを多数回にわたり殴打したあげく、最後に被告人中尾が長瀬の頭部、顔面を何回も強く蹴りつけるというありさまであって、長瀬が受けた傷害の大部分、とりわけ鉄棒により成傷したと思われる頭部の多数の傷、指の骨折などはすべて長瀬が攻撃の意図を失い、無抵抗な状態になった後に生じたものであり、被告人両名による鉄棒を用いての殴打態様も被告人萬代が長瀬を鉄棒で多数回殴打した後、被告人中尾が「おれもどつくわ」と言って被告人萬代から鉄棒を受けとりこれで殴打するというものである。そうすると、被告人両名の本件行為は全体として長瀬による侵害の危険がすでに去ったにもかかわらず、被告人両名において過大な反撃を加えて、ことさら意図的に過剰な結果を生じさせたもの、あるいは事後の仕返しとしての専ら報復攻撃としてなされたものというべきであって、正当防衛にあたらないことはもちろん、過剰防衛にもあたらないこと明らかであ(る)」旨説示していることが明らかである。

しかしながら、原判決の右認定判断は、被告人萬代が長瀬を道路中央付近に投げ倒し、その際、同人から鉄棒を奪ったものの、同人が立上り、なおも同被告人に立ち向って鉄棒を奪い返そうとし、急迫不正の侵害が依然現在した事実及び被告人萬代が鉄棒を同人に奪い返されては同人に自己及び被告人中尾が殺されてしまうと考え、自己及び他人の生命、身体を防衛するため止むことを得ず同人の頭部等を右鉄棒で数回殴打し、こゝで再び同人を倒すに至ったが、同人がなおも立上ってくるのを警戒して数回殴打し、さらに興奮と憎悪も加わってなおも数回殴打した事実を看過している点で事実誤認があり、この評価を誤った結果、ひいては法令の適用を誤った違法があると考えるものであるが、その理由は以下に述べるとおりである。

すなわち、原判決挙示の関係証拠及び被告人両名の原審公判延における各供述によれば、被告人両名は、原判示日時に、原示場所の道路を、被告人中尾が右側(東側)、被告人萬代が左側(西側)に並んで南から北に歩行していたこと、右道路の巾員は、広いところで六・四メートル他は五・四メートルであるが、道路西側には多数の自動車が、一列に駐車しており、通行可能な巾員はこれよりさらに狭くなっていたため、道路中央寄りを歩行中の被告人中尾は、自然と、北から南進して来た長瀬運転の自動車の走行を妨げることとなったため、右長瀬において自動車を停止し、自動車運転席の窓越しに被告人中尾との間で罵り合いとなったが、間もなく収まり、長瀬において急発進して南へ走行し、被告人両名において北へ歩行を続けていたこと、ところが長瀬は、暴力団山口組系宅見組倉本組組員であり、護身用に長さ約六〇センチメートル、直径約二センチメートル(把持し易くするため一端にテープを巻きつけてある)の鉄棒を車内に常備していたところから、被告人中尾に対する憤まんやるかたなく、現場から数十メートル離れた道路に自動車を停車させ、下車したうえ、右鉄棒を手に持って、右現場に引き返し、被告人両名を追いかけ、気配を察して振り向いた被告人中尾の顔面(額)をいきなり一撃して殴打し、続いて被告人萬代の背後から、その頭頂部を一撃して殴打し、さらに被告人中尾の顔面(額)を一撃して殴打し、これにより被告人中尾に対し通院加療一週間を要する顔面挫創の傷害(二ヶ所に各三針縫合)を、被告人萬代に対し通院加療一週間を要する頭部挫創(五針縫合)を負わせたこと、被告人両名は、右暴行により強い衝撃を受け、一時目が眩み、顔面に流血を見る状況であったところ、被告人萬代が気がついたときは、長瀬が、被告人中尾になおも殴りかかろうとする態勢にあったため、被告人萬代において長瀬に組みつき、一旦突き飛ばされたが、さらに腰付近に組みつき、同人が駐車車両の間に仰向けに倒れ、同被告人もその上に倒れかかり馬乗りになり、被告人中尾も長瀬の足を押えつけたものの、長瀬、被告人萬代がともに立上り、鉄棒を奪おうとする同被告人とこれを奪われまいとする長瀬とが、駐車車両の間で押し合うなどして揉み合ううち、同被告人が同人を道路中央付近に投げ倒して鉄棒を奪いとり、同人の頭部に一撃を加えたが、同人はひるまず立上り、なおも同被告人に立ち向って来たため、同被告人において四、五回同人の頭部を殴打し、これにより倒れた同人を引き続き数回殴打し、ついで被告人中尾において被告人萬代から鉄棒を受取って数回殴打したところ、同人が「堪忍、堪忍」と許しを乞うたので、被告人中尾において「謝るんだったら初めからやめとけ」などと云って、同人の頭部を、ズック靴履きの足で二、三回押して、暴行を終えたこと、長瀬の蒙った本件傷害は、被告人両名の前記一連の行為によって生じたものであること、が認められ、右認定に反する原審証人長瀬俊幸の証言部分はた易く措信できず、原審証人川野節子、同祖母井イサ子の各証言は右認定の妨げとならない。

以上の認定事実によれば、被告人萬代が長瀬を腰投げで道路中央に一旦投げ倒し、鉄棒を奪った後もなお長瀬による急迫不正の侵害が継続していたことはもとより、被告人萬代が立ち上って立ち向って来た長瀬を四、五回殴打して同人が倒れた後においても、長瀬の被告人両名に対するそれまでの攻撃の態様、程度、被告人両名に負わせた傷害の部位程度ならびに引続く同人の執拗な攻撃的態度など前記認定の事情に徴して考えると、なお長瀬による攻撃が予想できなくはない状況にあったのであるから急迫不正の侵害が全く現在しなくなったとは認めがたく、ただ、被告人中尾が殴打を加えた直前頃の段階においては、予想される長瀬の侵害は微弱であったというほかないから、この段階以降における被告人両名の暴行は、防衛の手段としての相当性の範囲を超えたものというべきである。

そして、本件のように、正当防衝として開始された暴行が、同一場所で、短時間の間、同態様で連続して加えられ、その終局時点で防衛の程度が相当性を欠くに至った場合には、法律上これを一体として評価し、これを一個の過剰防衛が成立するとみるのが相当である。

してみれば、被告人両名の本件所為は、これを全体としてみると刑法三六条二項にいう防衛の程度を超えた行為すなわち過剰防衛行為として問擬すべきものであって、所論の正当防衛の主張は理由がないが、侵害の急迫性の要件が全く欠けるとして過剰防衛の成立をも否定した原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤ったというべく、原判決は、この点において破棄を免れない。論旨は右限度で理由がある。

なお、所論は、原判決が長瀬の肩胛骨々折の受傷を認め、加療日数を約六週間と認定したのは事実を誤認したものである、というのであるが、《証拠省略》によれば、所論の点に関する原判示事実は優にこれを肯認することができ、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実の取調の結果を併せて検討してみても、原判決には所論のような誤はない。この点の論旨は理由がない。

よって、量刑不当の控訴趣意に対する判断を示すまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人中尾春男及び同萬代博三は、昭和五六年三月二九日午前一時一七分ころ、大阪市阿倍野区旭町三丁目一五番二四号先道路を歩行中、長瀬俊幸(当時三〇年)運転の普通乗用自動車の走行を被告人中尾によって妨害されたと立腹した長瀬に、同人が同車内から持ち出した長さ約六〇センチメートル、直径約二センチメートルの鉄棒で、いきなり殴打されたため、共謀の上、同人に組みついて押し倒したり、立ち上ってもみ合ううち、被告人萬代において同人を腰投げで道路中央付近に投げ倒し、鉄棒を奪って同人の頭部を一回殴打したものの、同人が立上ってなおも立向って来たところから、更に四、五回同人の頭部を殴打し、倒れた同人を更に数回殴打し、同被告人から鉄棒を受取った被告人中尾において同人の頭部等を数回殴打し、二、三回頭部を足蹴りにするなどの暴行を加え、よって同人に対し加療約六週間を要する頭部外傷第二型、全身打撲、頭部顔面多発汚染挫創、左第三指挫創、左第二指基節骨、左第三指中節骨、末節骨の開放性骨折、右肩こう骨骨折、右手背打撲傷、左第八・第九肋骨骨折等の傷害を負わせたものであって、被告人両名の右所為は、長瀬の急迫不正の侵害に対する防衛の意思で行ったもので、防衛の程度を超えたものである。

(証拠の標目)《省略》

(確定裁判)

原判決記載のとおりであるからこれを引用する。

(法令の適用)

被告人両名に対する過剰防衛による法律上の減軽につき、刑法三六条二項、六八条三号、被告人萬代博三に対する刑執行猶予につき同法二五条一項、被告人両名の原審訴訟費用負担につき刑事訴訟法一八二条を附加するほかは、原判決の適条と同一であるからこれを引用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 田口祐三)

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